浅間山からモクモクと立ち上る白い雲煙から名前をとった「アトリエもく」。
嬬恋村立東部小学校の図工室をアトリエに、毎月第二土曜日の午前中に開かれている「アトリエもく」は、嬬恋村と長野原町に住む知的障害のある人たちの余暇活動の場。
長野県上田市にある「ながのアートミーティング」から講師を招いた月に一度のアートの時間には、絵を描いたり、書道をしたり、粘土細工をしたりと、思い思いの表現をして過ごします。取材した日はちょうど、6月に控える展覧会に向けた作品制作の
真っただ中でした。
「アトリエもく」に集まるのは、嬬恋村と長野原町で暮らす、知的障害のある人とその家族が中心。年齢層は小さな子供から大人までと幅広く、平日は学校や事業所に通っている人もいれば、
働いている人もいます。
「アトリエもく」に集まるのは、嬬恋村と長野原町で暮らす、知的障害のある人とその家族が中心。年齢層は小さな子供から大人までと幅広く、平日は学校や事業所に通っている人もいれば、
働いている人もいます。
「学校や事業所が休みの週末に行く場所がなくて困っちゃう」という母親たちの声を聞いた嬬恋村社会福祉協議会が、週末の余暇活動の場として「なかよしクラブ」を設立したのが2005年。
当初はバーベキューやクリスマス会といった季節の行事を楽しむ不定期の集まりでしたが、「ながのアートミーティング」との出会いをきっかけに2001年から「アトリエもく」のアート活動がスタート。現在は第一週目がカラオケ、第二週目が「アトリエもく」、第四週目がダンスと
いうように、週ごとにさまざまな表現活動を展開しています。メンバーは、どの活動に参加するのも基本的に自由。毎週参加の人もいれば、アート活動だけに参加する人、数年ぶりに顔を見せる人などもいて、出入り自由のオープンな雰囲気が自分を自由に表現するアート活動にも通じています。
小学校の図工室は、創作活動には絶好の空間。絵の具や墨がはみ出してもいい、のびのび表現できるこの場所で、自分が落ち着く席を見つけて静かに作品と向き合いながら、大人メンバー
たちのアートの時間は流れます。
“俊ちゃん” の愛称で親しまれる彼は、「アトリエもく」の初期から参加するメンバーで、ここでは書道をしています。今日は「春」と「さくら」という字を書きました。彼の場合はいつも、
職員がホワイトボードに書いて示した文字を書き取ります。「書くのはその時の旬の言葉。ワー
ルドカップの時には『ブラボー』とか。でも私の好みで、食べ物の名前が多いかもしれません」と話すのは、活動のサポートをする社会福祉協議会の大井志依さん。「一人で座って筆をとると、
必ず1度は『いか』と書くんですよ」という愉快なエピソードも聞かせてくれました。これま
での作品を見せてもらうと、大胆かつ独特なバランス感覚のある書体が思わず目を引きます。「彼を見ていると『上手に書こう』という気はなく、パッと視覚的にとらえたものを感覚で描く感じ。
彼の字は多くの人の心に残るというか」と魅力を語ります。
また、“竜ちゃん” の愛称で親しまれる彼は、塗りつぶしの絵が好き。クレヨンで塗りつぶした画用紙にアクリル絵の具を重ねるのが彼の手法で、絵の具をはじくクレヨンの油と、紙に染み込む絵の具が不思議な色彩を作り出しています。
大人メンバーが図工室で絵や習字に向き合う一方で、小学校低学年までのちびっこ軍団は別
空間で活動。ここ最近は粘土細工がブームで、活動場所を見に行くと作業台にはカラフルな粘
土の残骸が散らばっていました。肝心の子供たちの行方はというと「さっきまで粘土をしていましたが、今は飽きて冒険に出かけてしまったようです。講師の佐々木さんも一緒に冒険中かな」というスタッフ。元気いっぱいに室内を飛び跳ねる子供たちは、時にはこうして外へ飛び出し、
創作の枝葉を広げます。
冒険から戻った講師の佐々木良太さんに話を聞くと、「子供たちは外でいろんなものを探した
り見つけたりします。創作活動というと、なにかを作るという行為や形に残ったものばかりが
フォーカスされがちだけど・・・ここでは『創作しているような気持ち』も大事にしたい。何
かを考えて頭の中で作り出す、その時間も創作ととらえています」とアトリエもくの活動の軸を語ります。
取材当日は、6月に長野原町の「ルオムの森」で開催する「アトリエもく」単独の作品展に
向けて準備中でした。佐々木さんが全体のディレクションを務める今回の作品展が目指すのは、
メンバーそれぞれの制作におけるこだわりやオリジナリティを伝えること。「その人が持つ個性」
が垣間見えるような作品の見せ方を工夫し、「障害があるからできること」に光を当てたいという思いを込めています。
アトリエもくの活動を設立当初から支える、社会福祉協議会の宇野美佐子さんはこう語りま
す。「ここは、自分たちの想いを表現できる場所。自分の好きなことが見つけられる場所。子供
たちも親たちも、新たな出会いの場所なんです」。それがアトリエもくという場所が存在する意
味なのだと、教えてくれました。