伊香保温泉からほど近い榛名山麓・吉岡町で、1978 年1月1日に開所した障害者支援施設「薫英荘(くんえいそう)」。「障害のある人たちのさまざまな可能性を探りたい」という初代施設長の思いから始まった使用済み切手を利用したスタンプアートは、40年以上たった今も、初代施設長の思いと共に脈々と受け継がれています。
作品の主な発表の場は、社会福祉協議会主催の芸術祭や、小学校や郵便局といった施設での展示。福祉という枠にとらわれず、何気なく道行く人の目にも触れる場所への露出を増やすことを、今後の課題に掲げています。
入所と通所の生活介護事業を営む「薫英荘」では、毎週月・火・木曜の午後に行う日中活動として3つの作業班を展開。ちぎった牛乳パックで紙すきをして和紙の名刺やコースター作りをする「紙班」、アミューズメント施設でおなじみのくじを折る「軽作業班」、そして使用済み切手を利用したスタンプアートの制作に取り組む「スタンプアート班」があります。「自分を表現するよろこび」「作るよろこび」から生まれる日々の充足感を大切にしてきた薫英荘。
今回は、さまざまな創作活動のなかでも、創設当初から日中活動として導入してきた「スタンプアート班」を取材しました。
「日々の活動時間では、各々が小さな個人作品の制作に取り組んでいます。廊下に飾ってある大きな作品は、毎年恒例の地域の芸術祭に向けて利用者と職員が共同で制作しているものです」。
そういって、利用者たちの芸術活動を支援する今井伸祐さんが案内してくれた廊下には、「金太郎」「舌切り雀」「鶴の恩返し」といった日本昔話を題材にしたスタンプアートの大作がずらりと飾られています。こうした共同制作の大作に限らず、利用者それぞれの個人作品も、芸術祭では入賞の常連なのだとか。
スタンプアートの制作工程は、職員が模造紙に下絵を描いて用意するところからスタート。
その下絵をベースに、メンバーみんなで意見を出し合い、配色や使用する切手の絵柄を選び、全体の構想を練り上げていきます。作業では、膨大な量の切手ストックを分類して必要な絵柄を探す人、切手の絵柄から必要なパーツ部分を切り出す人、カットされたパーツを貼る人、というように役割を分担。「私たち職員よりも利用者さんの方が、どんな絵柄の切手がどのくらいストックされているのかをよく把握しているんですよ」と微笑む今井さん。こうしてそれぞれが得意な作業を担当しながら、一つの大作を約半年かけて完成させています。
大作に挑む際には、普段は別の作業班に所属しているメンバーに応援を頼むこともしばしば。
スタンプアートの作業部屋は24時間開放しているため、日中活動のない土日や夜間といった余暇の時間を使って作業を手伝ってくれる利用者も多くいるのだそうです。
「障害があっても、なにかを頑張って達成した嬉しさや、できなかったときの悔しさは私たちと同じ。スタンプアートは、そういう気持ちを日々感じられる活動で、『自分を表現できる』という喜びに満ちています」と薫英会理事の大林喬充さん。地域の展覧会に出展した際にはみん
なで会場を訪れるのも、大切なアートの時間の一部。「自分の作品が飾られているのを見つける
と嬉しそうに『あったよ!』と声をあげるメンバーも。制作して終わりではなく、飾られて、
人に見てもらえるというところまでが、ワンセットだと考えています」。
また、スタンプアートの制作は利用者たちにとっての日々の作業という位置づけを越え、地
域との深いつながりを生み出す大切なツールにもなっています。「使用済み切手は、地域の皆さんが集めて持ち寄ってくれたもの。日々の暮らしのなかで、薫英荘のスタンプアートを思い出し、
気にかけてくれていることが感じられる活動です」とアートがもたらす地域の輪を実感。地域住民に見守られながら、たくさんの人の思いやりが詰まった作品が生まれるということが「社会との共生」につながる、それがスタンプアートの最大の魅力なのだと話していました。
作業部屋の戸棚の中には、これまでに利用者たちが制作してきた数えきれないほどの作品が、
ひとつひとつ額装され、大切に保管されています。廊下に飾ってある大きい作品の額は、なんと職員の手作り。心のこもった管理のもとで、利用者たちのアート先品は輝きを放っていました。